如意輪陀羅尼神呪経(にょいりんだらにじんじゅきょう)

如意輪観音には、大変にご利益のある真言の他に「陀羅尼」と呼ばれるものがある。

 

「ノボウアラタンノウヤラヤヤ ノウマクアリヤ バロキティ ジンバラヤ・・・」。

 

※ 別称「随心如意宝珠転輪品秘密観自在菩薩根本陀羅尼」。

 

如意輪観音の現世利益(げんぜりやく)を願うものは、真言や陀羅尼を朝夕にお唱えするとよい。

 

さすれば、必ず霊験や功徳によってどのような願いもかなえられるという。

 

如意輪観音は、その名前の由来となったさまざまな願いを成就される如意宝珠(にょいほうじゅ)や、

 

三毒の煩悩を打ち砕く法輪(ほうりん)をもちいて、さまざまな苦しみや悩みを取り除き、幸せへと導いてくれる。

 

具体的には、開運厄除けや財運向上、また、病気やけが、事故などといった災厄などからも身を守り、

 

さらに、子宝に恵まれたり、出産や子育てなどの悩みや心配事にも力をかしてくださる。

 

当方では、願主、依頼主の方にもあらたかな霊験にあやかっていただくために、

 

一緒に真言を唱えすることをおすすめしている。

 

なぜなら、経典にはこうした真言や陀羅尼の利益(りやく)がいろいろと説かれているからである。

 

よくいわれるのが「世間の財」と、「出世の財」。

 

「世間の財」とは物質的な利益(りやく)。

 

たとえば、金銭や、金や銀、宝石などといったものがあげられる。

 

他方、「出世の財」とは精神的な利益(りやく)をいう。

 

たとえば、気持ちがとても満たされ、おだやかで、幸せな気持ちになるなど。

 

さらには、仏となるための徳性(福徳)や、三毒(煩悩)を打ち砕く智慧を授かる。

 

※ 「世間」(せけん)とは、漢語としては世の中、サンスクリット語の原意では、場所の意味。

 

迷いの存在としての衆生が生死する場。

 

※ 「出世」(しゅっせ)とは、世にでること、特に仏が衆生救済のためにこの世に生まれ出たこと。世俗を離れた仏の世界の意。

 

仲村元 編集 『岩波仏教辞典(第二版)』岩波書店

 

当方の自坊(光啓庵)は、ちいさな庵(いおり)であるが、

 

仏様に見守っていただきながら、日々「仏に成る道」を目指し仏道に精進している。

 

※ 現在は、高野山大師教会光寿支部としてさらにたくさんの方々と共に仏道を精進。

 

そうした生き方のおかげか、とってもありがたいご縁がどんどんと広がっていく。

 

これまで、いろいろな人たちとの素晴らしいご縁に恵まれた。

 

先日は、佐々井秀嶺上人との大変に貴重なご縁まで賜ることができた。

 

日々の行為や言動が、姿勢や心構え、生き方が未来にいろいろと影響を与えるように感じる。

 

つまり、日々の生き方が私たちの未来をどんどんと創造していく。

 

何かを引き寄せる大きな力ともなる。

 

もろもろの悪をなさず、よい行いを積んでいく、不遇を嘆く生き方より、逆境を最大のチャンスに変える生き方をこれからもおこなっていきたい。

 

すべてのものごとには、いろいろな面が含まれている。

 

一見すると、不幸に見えることにも幸せのヒントが秘められ、

 

その逆の、幸福に見えていることが実は悲劇的な因縁を含んでいる。

 

そのことを、昔の人は「塞翁が馬」や、「禍福は糾える縄の如し」といった故事に残した。

 

波乱に満ちた人生が、本当はとても幸せで大変におだやかであり、

 

苦しみや悲しみに満ちた人生には、誰にも負けないほどの幸せが秘められている。

 

だからこそ、「最後まであきらめずに日々コツコツと挑戦し続けること」、

 

これこそが真言(真実のことば)の本当の意味なのかもしれない。

 

まさしく真言とは、仏様から私たち一人、一人へ伝えられた大切なメッセージである。

 

合掌

 

注意: 陀羅尼にも真言と同じように大変な功徳がございますが、その扱い方は非常に難しいのでご注意ください。

 

真言や陀羅尼を詳しく知りたい方はお寺の僧侶の方などにお尋ねくださいませ。

 

なお、どんなに相手が憎くても真言や陀羅尼をもちいた復讐の手段として呪詛や呪殺を決してなさらないでください。

 

これまでいろいろな方々を見てきました。

 

ほとんどの人がもうこの世に存在していません。

 

三悪趣(地獄・餓鬼・畜生)にて際限なく苦しみ続けます必ず…。

 

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