『チベット死者の書』 2019年1月25日(Fri) Instagram ポスト
子供の頃から、「死」というものがいつもどこか心の片隅にずっとある。
極度に死を恐れることを「死恐怖症」(タナトフォビア)という。
昔、チベットではいろいろな瞑想の修行もしてきた。
特に、五蘊がしだいに次々と「溶け込む」という瞑想法がとても興味深く、今でも日々の瞑想修行にとり入れている。 『般若心経』の経文には、「照見五蘊皆空」とある。
簡単にいうと、「私」を構成している「五蘊」(ごうん)という要素すべては「空」(くう)てあると。
五蘊とは、人間の肉体と精神を色・受・想・行・識(しき・じゅ・そう・ぎょう・しき)の5つの集まりに分けてあらわしたもの。 「色」は「身体」、「受」は「感受作用」(触れたりして感じること)、「想」は「識別作用」(事物を心の中に思い浮かべること)、「行」は「意思作用」(心のさまざまな働き)、「識」は「心」(認識対象を区別して知覚する精神作用)。 人が死を迎えると、この五蘊が順に溶け込み、「微細な要素」だけが…
人は、なぜ「死」を恐れるのか。
もしかしたら「死」がすべての終わりだと思っているからなのだろうか。
あの大空を自由自在に飛び回る鳥たち。
まるで、天空へと、どこか次のステージへと向かっているようにも感じる。
すべてのはじまりは、終わりであり、終わりはまた新しい何か次へのはじまり、出発点なのかもしれない。 「死」を見つめることはけっして悪いことではなく、また、苦しいことや悲しくつらい経験をし、それらを乗り越えるからこそ、人生は、あの大空のように大きく、広く、豊かになれるのかもしれない。
合掌
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皆さん、おはようございます。
写真は、今年の元日に訪れた捨身ケ岳禅定から撮影した一枚です。
向かって右側は雲辺寺方面、左側は金比羅山方面になるかと。
同地は、お大師様が幼少の頃に大誓願を立てられ身を投じたとされる神聖なる場所…
我が命を、身命を賭してまで何を求道なされたのでしょうか。
それでは、本日もともに仏道精進。
光啓 九拝 ※ いつもいいねやコメント、フォローなどいろいろとありがとうございます。風邪やインフルエンザが大流行しておりますので、皆さんも十分にお気を付けください。
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